音楽監督メッセージ③
テーマ 音楽の祭り・さ・え・ら
いよいよ音楽祭が開始された。プレ期間の市民参加のコンサート、9月3日のすべり出しは順調であったが、<好事魔多し>という言葉通り、9月17日の日本音楽コンサートは、台風18号のために中止せざるを得ないという不測の事態に直面した。市民参加のコンサートの中止は、音楽祭全体とあまり関係がないという考えもあり得るが、もともとこの津山国際総合音楽祭は、市民による市民のためのフェスティヴァルなのである。パンフレットに掲載されている当日の出演予定者は100名以上、これらの人々が日頃の鍛錬の成果を公表すべく待ちかまえ、舞台衣裳も準備していたことを考えると心が痛む。次の機会を待つしかないだろう。
プレ期間の10月13日に「笛の楽園に遊ぶ」は、津山洋学資料館GENPOホールで開かれる予定である。蘭学の町津山とオランダ音楽を結びつけたこの演奏会は、音楽祭の目玉の一つである。GENPOホールの客席数が少ないということもあって前から心配していた通り、チケットはすでに完売、ソルド・アウトである。オランダ大使館のゲストの席は確保してあるのだろうか。それにしてもオランダのリコーダーの名手ヴァルター・ファンハウヴェ他の演奏が、入場券を持っていない人は聴けない。会場と演奏家の予定と許諾があれば、ゲネプロ(総練習)の一部を公開するということも全くできない相談ではないかもしれない。
実はこの洋学資料館で、音楽祭の期間に、<絵画史料に見る 江戸の洋楽事始>という企画展を開催しているので、これはぜひご覧になっていただきたい。神戸市立博物館その他から多くの絵画資料を借用し、日本におけるヨーロッパ音楽の受容の様子が視覚的によくわかる。津山の誇る宇田川榕菴の仕事にも新しい光が当てられるはずである。[会期:10月7日(土)~11月5日(日)]
音楽監督メッセージ③のサブタイトルの<さ・え・ら>とは、フランス語で<あちら、こちら>といった意味である。お祭りには<あちら、こちら>に様々な趣向を凝らした催しがある。とても変わっていて興味深いのは、11月3日(文化の日)のサティ≪ヴェクサシオン≫の演奏会である。小さなピアノ曲の断片を840回繰り返す演奏会については、<音楽監督の文字広告>という長いチラシの文章を印刷したので、ぜひそれをお読みの上、朝9時から深夜25時までのマラソン・コンサートにお出かけください。
さて、津山国際総合音楽祭のテーマ作曲家がグスタフ・マーラーであることは言うまでもない。私たちはこの30年の間に、マーラーの全10曲の全てを演奏し、そのうちの難曲かは異なる指揮者とオーケストラで繰り返し演奏してきた。しかしながら、マーラーの音楽にとって交響曲と歌曲は車の両輪のようなものであるが、この音楽祭では、歌曲をほとんど演奏していない。今回フランスのストラスブール音楽院教授の小林真理とパリ在住の作曲家兼ピアニストの棚田文紀がマーラーの歌曲を理想的な姿で演奏してくれるはずである。棚田は岡山市出身で、父上は桃太郎少年合唱団(岡山市)の前団長・指揮者で今度のリサイタルには体調不良にもかかわらず、応援にかけつけてくると聞いている。
私も今回の音楽祭の音楽監督を務めると友人たちに話をしたところ、東京や郡山から何人もの音楽好きの友人が津山を訪問することになった。音楽は個人の部屋で1人でCDをかけて聴くのもよいが、もともと音楽は他人と一緒に歌い、語り、祈るものである。私の東京や郡山の友人たちは、鶴山城の葉かげや吉井川の川面の光のなかで、美味しいものをいただいた後に、いつもとは異なる光と空気の中で、音楽を聴くことになるのだろう。
<音の輪・人の輪・光の輪>が広がっていくところにこそ、音楽祭の意味があると思う。